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最高裁判所第三小法廷 昭和29年(オ)868号 判決 1955年12月20日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人芦高泰三、同宮田光秀、補助参加代理人吉田久の上告理由第一点について。

所論は、罹災都市借地借家臨時処理法(以下処理法という)一〇条の規定は、罹災地の借地権者がその借地上に未だ建物を建てない場合にこれを保護する趣旨の規定であつて、借地権者が一たん建物を建てた後においては、同条の適用がなく、借地権者は建物保護法による保護を受けうるに止まるものと解すべきであるのに、被上告人が本件地上に一たん建物を建てながらその登記を経なかつたにかかわらず、その後の土地取得者たる上告人に借地権を対抗することができる旨判示したのは、処理法一〇条の規定の解釈を誤つたものであると主張する。

しかしながら、処理法一〇条の規定を所論のように解すべき文理上の根拠がないことはもちろん、処理法施行当時においては、罹災地の借地権者が借地上に建物を建てたからといつて、必ずしも直ちにその登記をなし建物保護法により借地権を第三者に対抗する措置を講ずるものと期待できる状況にはなかつたのであるから、借地権者が一たん建物を建設すると同時に処理法一〇条の適用がなくなるものと解することは、とうてい処理法全体を通ずる借地権者保護の精神に合致するゆえんではない。また、同条により登記なくして借地権を対抗できるのは、同条所定の五年の期間内に当該土地につき権利を取得した者に対する関係に限定されるのであるから、その者がたとえ借地権者の建物建設後に権利を取得した者であつても、これに対し借地権を対抗できると解したからとて、不当に第三者の利益を犠牲に供するものといえないことはもちろん、建物建設前の権利取得者に登記なくして借地権を対抗できる以上、建物建設後の権利取得者にも対抗できると解しても、後者に対し特に不利益を与えるものではないのである。

以上の次第であるから、処理法一〇条の規定は、借地権者が建物を建設すると否とにかかわりなく、同条所定の第三者に対する関係においては登記なくして借地権を対抗することができるとの趣旨と解するのが相当であつて、これと同趣旨に出でた原審の判断は正当であり、所論は理由がない。

同第二点について。

所論は、本件土地の接収は、昭和二〇年勅令第六三六号土地工作物使用令(昭和二〇年九月一九日公布、昭和二七年三月二八日廃止)により行われたものであり、接収の主体は政府であつて、東京都ではないというが、本件土地は、当時東京都が占領軍のために関係人の承諾により接収したものであることは原判決の認定するところであつて、その認定に誤はない。また所論は、原審が本件借地権について補償がなかつたことを借地権存続の理由としたことを非難するが、原審はもとよりこの一事のみをもつてその判断の根拠としたのではないのみならず、借地権者たる被上告人の承諾の下に接収が行われた場合でも、借地権を消滅させる趣意であつたとすれば、それに対し補償が考慮されないはずはないから、原判決がこのことをもつて借地権がなお存続することを推認する一事由としたからといつて不合理でありその判断に誤があるとはいえない。その他の主張は、本件接収が土地工作物使用令に基くことを前提とするものであつて、その原判旨に副わないことはじめに説示したとおりであるから、採用のかぎりでない。

同第三点について。

所論は、履行不能と事情変更の理論によつて上告人の解除の有効を主張し、この抗弁を採用しなかつた原判決は、上告人が本件土地につき政府と被上告人の双方に対し二重の義務を負担することを認めるのであると非難する。しかし本件土地に対する借地権は、原判決が正当に判示するように、いわゆる接収が解除されるに至るまで一時的に事実上行使し得ない状態におかれているにすぎないのであるから、これを一時的履行不能と見るのを相当とし、このような場合は、たとえ債権者の責に帰すべき事由、または当事者双方の責に帰すべからざる事由による場合であつても、債務を消滅せしめるものではなく、単に債務者をして履行遅滞の責を免れしめるに止まるものと解するを相当とし、所論のように債務者がこのことを理由として契約を解除し得るものでないことはいうまでもない。また事情変更の理由により当事者に解除権を認めることは、その事情変更が、客観的に観察して信義誠実の原則上当事者を契約によつて拘束することが著しく不合理と認められる場合であることを要するところ、本件土地の接収は、占領状態の出現という当事者の予見しない事情によつて発生したとはいえ、接収が結局将来解除されることは明らかであり、かつ被上告人は、上告人に対し借地権存在の確認を求めるだけで現実に特段の義務の履行を求めるわけではないから所論のように上告人に解除権の成立を認めなければ不当であるという理由は認められない。所論は結局採用できない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林俊三 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己)

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